ファイナンシャルプランナー紹介:高橋成壽

ファイナンシャルプランナー紹介:高橋成壽

Profile

プロフィール

代表取締役 高橋成壽
名前

高橋 成壽(たかはし なるひさ)

出身

神奈川県鎌倉市(1978年生まれ)

在住

神奈川県藤沢市

資格

CFP(R)、1級ファイナンシャル・プランニング技能士

所属団体

NPO法人日本ファイナンシャル・プランナーズ協会
NPO法人相続アドバイザー協議会
不動産三田会
一般社団法人藤沢青年会議所

メディア実績

テレビ:NHK、フジテレビ、TBS、日テレ、テレビ東京、TOKYO MX
新聞:朝日新聞、読売新聞
ラジオ:ラジオNIKKEI、ラジオ日本
経済誌:プレジデント、東洋経済
マネー誌:ネットマネー
雑誌:婦人公論、女性自身、CIRCUS
オンライン版:プレジデントオンライン、東洋経済オンライン、THE21オンライン、SUUMO相続
専門誌:FPジャーナル、KINZAIファイナンシャル・プラン
専門紙:週刊住宅新聞、住宅新報、保険情報
企業サイト:新生銀行、イオン
※メディア実績には、出演、取材対応、紹介等が含まれております。

経歴

私、高橋成壽がどのような経験、仕事、想いを経て今に至っているのかをご紹介させていただきます。
お金に興味を持ち出した幼少時代

幼稚園時代は小銭を集めるのが好きで、帰省時にもらえる瓶詰の小銭をもらって嬉しかった記憶があります。

小学4年生の頃、株式投資に興味を持ち、新聞の株式欄を見て当時の預貯金で買える会社を探す楽しみを知りました。当時30万円ほどで購入可能であった、「にっかつ」はすぐに60万円となり、お金がお金を産む仕組みを肌で感じるきっかけとなりました。

子供のころは実家の会社を承継する夢もありましたが、いつしか会社は長男が継ぐものだと気づき、興味の持てる金融機関に勤めることを志すようになりました。

ファイナンシャルプランナーの資格との出会い

晴れて20歳になってから証券会社に口座を開設し、アルバイト代で買える株式を買って、価格の上下に一喜一憂していました。

また、慶應義塾大学総合政策学部に在学中にファイナンシャルプランナーの資格を知りました。アメリカでメジャーな資産管理の資格という事で、夢見がちな大学生には非常に魅力的な仕事に映りました。大学の学部が起業を応援・推奨するような風土であったため、当然のように将来の独立を視野に入れての就職活動でした。

大学時代のゼミは、当時IMFを辞し慶應に赴任したばかりの、白井さゆり元日銀の政策審議委員で、国際機関での仕事や、グローバルな金融政策など、今に通じることとなる勉強が純粋に楽しい時期でした。

投資運用業務へと興味が広がったアジア通貨危機

大学在学中に、アジア通貨危機が発生。原因はヘッジファンドであるということが新聞紙面を賑わせました。コモディティファンドという種類のファンドの存在もその時に情報として知りました。アジア通貨危機をきっかけに、投資への興味がファンドマネージャーやディーラーなど投資運用業務に広がったことを覚えています。

大学卒業後はコモディティのディーラーを目指したが・・・

未熟な学生であった私は、金融の営業職がお客様の資産を増やすための仕事であると勘違いしており、証券や商品取引の営業を通じて、お金を増やすノウハウを仕入れたいと考えました。株式よりもコモディティのマーケットが面白そうだと感じた私は、東証一部上場の商品取引会社のグループ企業に就職し、コモディティのディーラー(会社のお金で会社のために売買し成果を上げる仕事)を目指しました。

将来的にディーラーになる芽もあったのですが、お客様の資産を回転売買の手数料で溶かしていく(減らしていく)様子を見て、金融業界が必ずしもお客様のためにあるのではないことを実感として知ることになりました。

資産を増やしたいお客様と、手数料を得たい営利企業の利益相反関係に気が付くと、金融業とは、常に顧客との利益相反の関係にあることが見えてくるようになりました。顧客と担当者は同じ方向を向いて、顧客資産の増大を仕事の使命とすべきと青臭い考えであった私は、ファイナンシャルプランナーの必要性を嫌というほど理解しました。

ファイナンシャルプランナーとしての独立を視野に保険会社へ転職

最初の会社で、ファイナンシャルプランナーの資格を取得し、保険会社に転職しました。好きで保険会社に就職したというよりも、保険を理解することが将来的なファイナンシャルプランナーとしての独立に近づくと感じ、外資系の保険会社に入社しました。

私の入った保険会社は、2000年前後に逆ザヤ(運用損失)で経営破たんをして、経営再建中でした。元々の保険会社のお客様を回る中で、破たんの影響を肌で感じるとともに、保険会社が破たんした場合の保険契約への影響を間近に見ることができて、貴重な経験を積むことができました。保険会社の理念は崇高なもので、教育システムも優れていました。

一方で、保険料のリーズナブルな商品を販売する保険会社が現れ、お客様からも○○社の商品を見て欲しいとか、自社と他社の違いを教えて欲しいといたような問い合わせが増えていました。1つの会社の商品だけで、お客様のニーズに応えられるのだろうか。そんな疑問が頭の中をよぎりました。一度気が付くと、常に気になるもので、保険会社の一社専属という立場が、自分の理想とは違うことが徐々に見えてきました。

ちょうどそのころ、ファイナンシャルプランナーの業界誌において、保険の乗合代理店というシステムがあることを知りました。色々な保険会社の商品を取り扱う事ができ、商品比較も自社内で可能であり、「お客様の要望に合わせて商品を選んで差し上げる」というファイナンシャルプランナーとしての仕事ができそうだと感じました。

ファイナンシャルプランナーは人生設計に必要なことが網羅できることを知って独立を決意

ファイナンシャルプランナーとしての理想の実現可能性が見えた私は、住宅ローンの取り扱いと株式や投資信託の仲介も同時に行うことができることを知りました。保険・証券・住宅ローン。人生設計に必要なことが網羅できることを知り、鳥肌が立ちました。自分が思い描いていたことを実現することができる環境が、既に整っていたのです。お客様に対して不義理であることを承知の上で、保険会社を退職しファイナンシャルプランナーという業務と、金融商品の取り扱いという2つの業務を進めることになりました。

独立してから最初のクライアントは大学つながりの方でした。「金融機関ではない立場だったら相談したい」とありがたいお声がけを頂きました。先見の明と言いますか、そのお客様は現在若くしてグローバル企業の役員に名を連ねています。当時FPという仕事に理解もあり、忙しいから本業に集中すべく資産管理を信頼できる専門家に任せるという考えは、優秀なビジネスパーソン特有の発想です。

独立後最初の試練「リーマンショック」も大きな学びに

お客様が増えつつあるところで、大変な危機が訪れました。いわゆる「リーマンショック」です。お客様の投資資金は見る間に半減。証券会社のセールスパーソンであれば、ここぞとばかりに追加での購入を進めますが、自分の投資資金の減少よりも、お客様の資産を減らしてしまったことに大きなダメージを受けました。

当時のお客様の一人は、リーマンショックの最中も積立投資を続けました。そして、数年後投資額が2倍になったところで売却。積立・長期・分散投資という、昨今投資の世界で推奨されている手法を実践し、結果を垣間見て目からウロコが落ちる思いでした。そのお客様からは、いい商品をお勧めしてくれたとお褒め頂きますが、その方のぶれない投資方針と投資に関する判断力は、見習う点が多いと感じます。

住宅ローン相談にも力を入れるため協会設立に参画

独立当初から住宅ローン相談に力を入れようと、日本モーゲージプランナーズ協会の立ち上げ期に参画しました。今でも住宅ローン相談に強いファイナンシャルプランナーは少ないですが、当時は住宅金融公庫のステップローンの段階金利が上がる時期。金利が2%から4%になるタイミングであったため、新聞やテレビの取材も過熱気味で「住宅ローン破産」をあおっていました。

朝日新聞ではお客様の許可のもと住宅ローン相談を受けました。NHKではじっくり時間をかけて取材していただきニュースウオッチ9で放送いただきました。一方で、住宅ローン破産した消費者を取材させてほしいという、失礼な取材依頼が多かったことも印象に残っています。真面目な話題が多い中で、数は少ないですが話題性があれば何を放送しても良いというマスメディアの姿勢は、今も昔も変わっていないと感じます。

講座やセミナーの講師として活動

住宅ローン相談を仕事にしたい方のためのモーゲージプランナーズ協会のコンサルタント養成講座は活況で、不動産会社、士業、保険会社、主婦など色々な方が受講をされておりました。その時の経験が今も相談・執筆・講演などに生きています。非常に貴重な経験をさせていただきました。

同時期に、会社員向けのマネーセミナーを開始しました。セミナー自体が少なかった時期に始めたため、参加者や相談者も非常に多く、東京・横浜のみならず、全国の大都市でマネーセミナーを実施することができたことも、ファイナンシャルプランナーとしての経験を積ませていただくことになりました。

過去に100名定員のセミナーに600名の応募が集まったことがあり、無名のファイナンシャルプランナーであっても、内容が時流に乗っていれば、大手企業のセミナー以上の関心を持っていただくことができることを体感することができたことは、ファイナンシャルプランナーを続けていく中で自信につながりました。

ファイナンシャルプランナー業界の中においては、日本FP協会が毎年主催している全国大会であるFPフェアで講師の依頼を頂くことができました。これをきっかけに、FPとして自分一人で頑張るのではなく、FP仲間とともに世間に貢献したいと思うようになりました。現在では定期的に、全国大会や都道府県大会などにお招きいただき、全国のファイナンシャルプランナーの資格保有者向けに勉強会の講師を担当させていただいております。

活動拠点を横浜に限定してサービスを拡充

業務が多忙を極めて体調を崩したため、仕事の中心を横浜に限定することに決めました。東京と横浜は近いようですが、お客様のニーズが大きく異なり、地域によってファイナンシャルプランナーに求められる知識、スキル、要望が異なることに気が付き、自分の視野を広げるきっかけとなりました。

2014年に保険代理店を立ち上げ、2016年には住宅ローンの一種であるフラット35の取次を開始。2017年には金融商品仲介業の登録を済ませ、有料のコンサルティング以外にも、金融商品の取り扱いラインナップを拡充し、あらゆるニーズに応えられる体制を構築しています。

また、相談内容では相続問題の解決に力を注いでおり、弁護士、税理士、司法書士、行政書士、不動産コンサルタント、公証人、測量士、土地家屋調査士、相続アドバイザーの方々と、チームでお客様の課題を見つけ、解決に導くお手伝いをしております。

今後の目標

近い将来の目標としては、同じ志のファイナンシャルプランナーとともに、地域の方々へ相談やコンサルティングサービスの提供を拡大いたします。

また、マスメディアへの出演や、雑誌・オンラインメディアへの寄稿や取材を通じて、全国にお金の情報を発信したいと考えております。テレビではフジテレビとご縁があり、深夜の討論番組への出演から情報番組でのコメンテーターを始めとしてニュース解説や金融系の新しい潮流の解説などをご依頼いただくことが増えてきました。お金の事やファイナンシャルプランナーのことを知っていただくためにも、精力的に協力したいと考えております。

最後に

私がファイナンシャルプランナーを目指したのは、自分自身の資産増大のためという、私欲がスタートですが、今はお客様の喜ぶ顔やありがとうと感謝いただけることに喜びを感じています。利他の精神をもつことで、よりお客様に愛されるファイナンシャルプランナーを目指し、少欲知足を自分への戒めとして、お客様の幸せに貢献したいと考えております。

長いプロフィールとなりましたが、FPを身近に感じ、ファイナンシャルプランナーを選ぶ際の参考にしていただければ幸いです。FPとお客様の間も、互いに人間ですから合う・合わないという感覚があります。是非お客様自身に合ったFPを探していただければ、快適なお心で明るい将来を設計できることをお約束いたします。

一家に一人。ファイナンシャルプランナーがそばにいる人生が、お客様の人生を明るくし、ご家族の笑顔のもとになること信じて仕事に取り組んでまいります。


ファイナンシャルプランナー 高橋成壽